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高校生問題行動等防止推進事業

 

自分で考えるプロジェクト

未成年のいじめ事件・殺人事件

 

いじめ犯罪・いじめが原因で自殺

 

 

●1969年 

神奈川県有名進学高の高校生首切り殺人事件

1969年(昭和44年)4月23日、神奈川県で発生したいじめを原因とする殺人事件。1969年4月23日に、横浜の高校の生徒が、同級生の首を切断した事件。加害者は、同じ高校に通う同級生にいじめられて馬鹿にされていたと主張。加害者は、少年院に送られるも、大学に入り卒業して司法試験に合格し、弁護士になったという情報がある。

●1979年 

上福岡第三中学校いじめ自殺事件

 

1979年9月9日朝8時過ぎ、埼玉県上福岡市(現・ふじみ野市)のマンションで、市立上福岡第3中学校1年の林賢一君(12歳)が飛び降り自殺。林君は壮絶ないじめにより6月にも自殺未遂していたが、そのことがクラスメートに知られ、いじめはさらにひどくなっていた。林君は在日朝鮮人二世であり、民族差別の要素も持つ事件だった。

●1984年

大阪産業大学付属高校同級生殺害事件(1984年、性的いじめ復讐殺人事件)

大阪産業大学高等学校に通っていた加害者の生徒2名は被害者となった生徒から公然猥褻の強要や暴行を含む執拗ないじめを受けており、追い詰められた加害者2名は日頃のいじめの報復として、被害者の頭を金鎚で滅多打ちにした上、目をつぶし水死させたという事件。

●1986年

中野富士見中学いじめ自殺事件(1986年、日本で初めていじめ自殺事件がクローズアップされた事件)

2月1日 - 東京都中野区の中学生がいじめを原因に自殺、教師も葬式ごっこに加わっていた。黒板の前におかれた鹿川君の机の上には飴玉や夏ミカンが並べられ、花や線香も添えられていた。鹿川君の写真の横には「追悼」色紙がおかれ、そこには級友の寄せ書きや「やすらかに」といった担任を含む4人もの教師のメッセージや署名もあった。1986年(昭和61年)1月8日、この日は始業式の日だったが、10人ほどのグループにひざ蹴りやパンチなどの暴行を加えられた鹿川君は、その後、欠席を繰り返すようになっていた。登校した日は校庭で歌を歌わせられたり、下駄箱の靴を便器の中に投げ込まれたりした。1月30日、最後の登校日となった。

1986年(昭和61年)2月1日、鹿川君は父親の実家が岩手県にあり、かつて父親に連れら来てもらったことがある岩手県盛岡市にたどり着いた。盛岡駅に隣接するデパートの地下1階トイレで、東京都中野区立中野富士見中学校2年の鹿川裕史君(13歳)が自殺した。午後10時過ぎ、見回りのガードマンが死体を発見。鹿川君はビニール紐をトイレ内側の洋服掛けにかけ、首を吊り、床には鉛筆で書かれた遺書が残されていた。

 鹿川裕史の遺書

俺だってまだ死にたくない。だけどこのままじゃ「生きジゴク」になっちゃうよ、ただ、俺が死んだからって他のヤツが犠牲になったんじゃいみないじゃないか、だから、君達もバカな事をするのはやめてくれ、最後のお願いだ。

昭和六十一年二月一日 

鹿川裕史

 

●1993年

山形マット死事件

1993年1月13日、山形県新庄市立明倫中学校の体育館用具室で、同校1年生・児玉有平くん(13歳)がマットの中に逆さに突っ込まれる形で死亡しているのが発見された。駆けつけた有平くんの父親は、無残な息子の遺体と対面する。有平君は顔が鬱血し、無残にも2倍くらいの大きさに膨れ上がっていた。パンパンに腫れ上がった頭部は、それが誰だかも判別できないほどだった。しかし、よく見ると見覚えのあるその鼻筋や唇にかろうじて有平君の面影を父親は見た。5日後、中学2年・A(当時14歳)など7人が補導・逮捕。

●1994年

愛知県西尾市中学生いじめ自殺事件

1994年11月27日深夜、愛知県西尾市の市立東部中学校2年の大河内清輝君(13歳)が自宅裏庭のカキの木にロープをかけ首吊り自殺。姿の見えなくなった息子を探していた母親(当時44歳)が発見した。死後、遺書が見つかり、その悲惨ないじめの事実が社会に衝撃を与えた。1994年12月1日、葬儀の日に発見された遺書はB5判の用紙4枚に鉛筆でびっしり書かれており、同じくB5判のノート13枚にわたって書かれた「少年時代の思い出-旅日記」とともに引出しの中に目立たない状態で置かれていた。母親宛ての約110万円の借用書も残されていた。



大河内清輝君の遺書



いつも4人(名前が出せなくてスミマせん)の人にお金をとられていました。そして今日、もっていくお金がどうしてもみつからなかったし、これから生きていても・・・・・。だから・・・・・。またみんなといっしょに幸せに、くらしたいです。しくしく。

 小学校6年生ぐらいからすこしだけいじめられ始めて、中1になったらハードになってお金を取られるようになった。中2になったら、もっとはげしくなって、休みの前にはいつも多いときで6万少ないときでも3万~4万、このごろでも4万。そして17日にも4万ようきゅうされました。だから・・・・・。でも、僕がことわっていればこんなことには、ならなかったんだよね。スミマせん。もっと生きたかったけど・・・・。家にいる時がいちばんたのしかった。いろんな所に、旅行につれていってもらえたし、何一つ不満はなかった。けど・・・・・。
 あ、そうそう!お金をとられた原因は、友達が僕の家に遊びにきたことが原因。いろんなところをいじって、お金の場所をみつけると、とって、遊べなくなったので、とってこいってこうなった。

 オーストラリア旅行。とても楽しかったね。あ、そーいえば、何で奴らのいいなりになったか?それは川でのできごとがきっかけ。川につれていかれて、何をするかと思ったら、いきなり、顔をドボン。とても苦しいので、手をギュッとひねった。助けをあげたら、また、ドボン。こんなことが4回ぐらいあった。特にひどかったのが矢作川。深い所は水深5~6mはありそう。図1(※略)みたいになっている。ここでAにつれていかれて、おぼれさせられて矢印の方向へ泳いで逃げたら、足をつかまれてまた、ドボン。しかも足がつかないから、とても恐怖をかんじた。それ以来、残念でしたが、いいなりになりました。あとちょっとひどいこととしては、授業中、てをあげるなとか テストきかん中もあそんだ とかそこらへんです。


 家族のみんなへ
 
 14年間、ほんとうにありがとうございました。僕は、旅立ちます。でもいつか必ずあえる日がきます。その時には、また、楽しくくらしましょう。お金の件は、本当にすみませんでした。働いて必ずかえそうと思いましたが、その夢もここで終わってしまいました。そして、僕からお金をとっていた人たちを責めないでください。僕が素直に差し出してしまったからいけないのです。しかも、お母さんのお金の2万円を僕は、使ってしまいました(でも、1万円は××さんからもらったお年玉で、バックの底に入れておきました)

 まだ、やりたいことがたくさんあったけど、・・・・・。本当にすみません。いつも、心配をかけさせ、ワガママだし、育てるのにも苦労がかかったと思います。おばあちゃん、長生きして下さい。お父さん、オーストラリア旅行をありがとう。お母さん、おいしいご飯をありがとう。お兄ちゃん、昔から迷惑かけてスミマせん。○○(弟)、ワガママばかりいっちゃダメだよ。またあえるといいですね。最後に、お父さんの財布がなくなったといっていたけど、2回目は、本当に知りません。

 see you again

 いつもいつも使いばしりにされていた。
 それに自分にははずかしくてできないことをやらされたときもあった。そして強せい的に、髪をそめられたことも。でも、お父さんは自分でやったと思っていたので、ちょっとつらかった、そして20日もお金をようきゅうされて、つらかった。
 あと、もっとつらかったのは僕が部屋にいるときに彼らがお母さんのネックレスなどを盗んでいることを知ったときは、とてもショックでした。あと、お金をとっていることも・・・・・・。

 自殺理由は今日も、4万とられたからです。そして、お金がなくて、「とってこませんでした」っていっても、いじめられて、もう一回とってこいっていわれるだけだからです。そして、もっていかなかったら、ある一人にけられました。そして、そいつに「明日、『12万円』もってこい」なんていわれました。そんな大金はらえるわけ、ありません。それに、おばあちゃんからもらった、千円も、トコヤ代も、全て、かれかにとられたのです。そして、トコヤは自分でやりました。とてもつらかたったでした。(23日)

 また今日も1万円とられました(24日)
 
 そして今日は、2万円とられ、明日も4万円ようきゅうされました(25日)あと、いつも、朝はやくでるのも、いつもお茶をもっていくのも、彼らのため、本当に何もかもがいやでした。

 なぜ、もっと早く死ななかったかというと、家族の人が優しく接してくれたからです。学校のことなど、すぐ、忘れることができました。けれど、このごろになって、どんどんいじめがハードになり、しかも、お金がぜんぜんないのに、たくさんだせといわれます。もうたまりません。最後も、御迷惑をかけて、すみません。忠告どおり、死なせてもらいます。でも、自分のせにされて、自分が使ったのでもないのに、たたかれたり、けられたりって、つらいですね。

 僕は、もう、この世からいません。お金もへる心配もありません。一人分食費がへりました。お母さんは、朝、ゆっくりねれるようになります。○○(弟)も勉強にしゅうちゅうできます。いつもじゃまばかりしてすみませんでした。しんでおわびします。

 あ、まだ、いいたいことがありました。どれだけ使い走りにさせられていたかわかりますか。なんと、自転車で、しかも風の強い日に、上羽角(地名)から、エルエルまで、1時間でいってこいっていわれたときもありました。あの日はたしかじゅくがあったと思いました。あと、ちょくちょく夜でていったり、帰りがいつもより、おそいとき、そういう日はある2人のために、じゅくについていっているのです。そして、今では「パシリ1号」とか呼ばれています。あと、遠くへ遊びにいくとかいって、と中で僕が返ってきたってケースありませんでしたか、それはお金をもっととってこいっていわれたからです。あと、僕は、他にいじめられている人よりも不幸だと思います。それは、なぜかというと、まず、人数が4人でした。
 だから、1万円も4万円になってしまうのです。しかもその中の3人は、すぐ、なぐったりしてきます。あと、とられるお金のたんいが1ケタ多いと思います。これが僕にとって、とてもつらいものでした。これがなければ、いつまでも幸せで生きていけたのにと思います。テレビで自殺した人のやつを見ると、なんで、あんなちょっとしかとられてないんだろうっていつも思います。最後に、おばあちゃん、本当にもうしわけありませんでした。


●1996年

旭川女子中学生集団暴行事件(1996年、強姦事件)

1996年12月24日、北海道旭川市の中学で、アイドル的存在だった女子中学生1名が男子中学生10名から集団暴行を受けた。スカートめくり、胸やお尻を触る等の行為がエスカレートし、最終的にトイレで集団暴行をされた。加害者グループは旭川市でも有名な非行中学生グループで暴力沙汰、窃盗、廊下をバイクで走りまわる、教師を平気で殴るような集団。ヤクザの息子や、旭川の名士の息子が加害者集団のリーダー格であり、教師も距離を置いて関りを持たないようにしていた。集団暴行を働いた加害者の男子生徒の1人が、彼女に告白し、断られた腹いせから嫌がらせがエスカレートし、女子中学生集団暴行事件という悲しい形になってしまった。毎日の性的いたずらに耐えきれなくなった女子生徒が教師に報告したのが中学1年生の秋。教師は男子生徒らを呼び出し、女子生徒が嫌がるようなことをしてはいけないと注意したが、性的嫌がらせはよりエスカレートし、中学1年生の冬には女子生徒を裸にして遊ぶようになる。1995年、中学2年生の夏に男子生徒の家に連れ込まれ、集団暴行された。旭川市内の公園や橋の下なので口で性器をくわえるなどの行為を強要し、毎朝呼び出されては口淫をした後、「今日もおいしい牛乳をありがとうございました」という屈辱的な言葉を言わされていた。1995年秋、女子生徒が放課後の教室で2人の男子生徒に猥褻な行為をされていたとき、男子教師が立ち入ったが、止めることはなく立ち去っている。女子生徒は校内の至る所で口淫を強要されており、教師は黙認という異常な事態に発展。中学3年生となった1996年4月、女子生徒が特別活動室に連れ込まれようとしたとき、そこにいた女性教師に「助けて」と叫んだが、この教師は男子生徒たちに「帰れ」と怒鳴られ、助けを求める女子生徒の声を無視し立ち去っている。1996年5月には、旭川市内の公園内のトイレにて浣腸器具を用いて排泄行為を強制される。また、女子生徒に下着を着用せずに学校に来させ猥褻行為をさせる等、非道な行為を繰り返し行っていた。授業中に男子生徒らは女子生徒の教室に入り、連れ出しにくるが教師は黙認。連れ出された女子生徒はトイレに連れて行かれ、授業中にも関わらず裸にされて口淫を強要されていた。また、家庭科教室から盗んできた漏斗で、ペットボトルに小便を貯め、女子生徒に飲ませるだけではなく、女子生徒に小便を貯めたペットボトルを教室に持ち込み、女子生徒の目の前でクラスの男子生徒に臭いを嗅がせていた。陰毛を全て剃られて下着を着けずに登校するよう命じられてからは、毎朝、男子トイレに呼び出され、女子生徒自らジャージを下げて下半身を露出させ、下着を着けてないことを証明させられていた。また、剃毛した女子生徒の陰毛を透明のカードケースに入れて持ち歩き、同級生の男子生徒らに触らせて勃起したら殴るという遊びをしていた。女子生徒から没収した汚れたタンポンでも同様のことをして遊んでいた。女子生徒は下着の着用を禁止されて以降は、生理の時はタンポンの使用を強要されていた。校内で女子生徒を見かけると、ファンがアイドルをコールするように猥褻な言葉を浴びせ、他の生徒の前でからかっていた。また、人気のない場所で男子生徒らに「お前は俺らの何だ?」と聞かれると、猥褻な返答をするように指示されていた。校内だけではなく、旭川市内の人の目につく所で集団暴行、あるいは集団暴行に類似した行為をされていた。女子中学生は「じゃあ咥えろ」と言われて、複数の男子生徒たちに毎日のように口淫を強要。口腔射精後は精液を吐き出すことは許されず、そのまま直に飲まされていた。リーダー格の男子生徒は、当時のオウム事件報道で有名になった言葉を使って「俺らはマインドコントロールの天才」と自画自賛していた。加害者である男子生徒らは他の内気な生徒を手下に加え、カツアゲ等を行っていたが、カツアゲしていた生徒らに被害者である女子生徒の胸を揉ませたり陰部を触らせることで「カツアゲのことを親にしゃべったらこのことばらす」と脅していた。クラスメートも加害者である男子生徒達が女子生徒に猥褻なことを強要していると、学校中で噂になっていたため知っていた。集団暴行事件として実際に通報された加害者以外にも、おもしろがっていた人が一定数いた。また、この女子中学生の集団暴行の噂は旭川内の他の中学校でも有名となっていた。加害者である男子生徒と被害者の女子生徒はクラス替えで一度も同じクラスになっていなかったので、旭川市立北都中学校側も女子生徒が集団暴行を受けている事実を知りながら黙認していたといえる。女子生徒が一番恐れていたのが、校舎2階に設置されていた六角椅子だった。六角椅子は蓋のような形状をしていて中が空洞になっている重い椅子だ。正座をさせて頭を床に着け六角椅子を被せると背中が押し潰された姿勢のまま全く身動きが取れなくなる。そこへ男子生徒たちが座ると、自分の力では椅子を持ち上げることもできない。六角椅子の中は、真っ暗で息苦しく暑苦しく、1分も経たないうちに女子生徒の許しを請う泣き声がし、泣き叫ぶ女子生徒を見て笑い転げていた。このいじめは、女子生徒が衰弱して泣き止むまで続けられることもあった。「六角椅子に入れるぞ」と脅すだけで平常心をなくして泣き出すほど怖がっていた。ひとつ間違えれば命にかかわる危険な行為も、男子生徒らには暇つぶしにすぎなかった。中学3年生になると総勢20人程の目の前で女子生徒に裸を強要し、初めて女性の陰部を見た下級生に対しては「好きなだけ弄って構造を勉強していいぞ」と言ってニヤニヤしていた。その後、女子生徒を四つん這いにさせ、後輩に肛門の皺を数えさせた。当時流行っていた、たれぱんだの絵を女子生徒の臀部にマジックで描いて尻を振らせて踊らせ、「落としたら焼きを入れるぞ」と脅し、火のついたタバコを女子生徒の肛門に挿し、肛門に力を入れてタバコを動かすように命じると、たれぱんだがタバコを咥えているように見えて男子生徒らは腹を抱えて笑い転げていた。このいじめは女子生徒が、たれぱんだのシールを文房具に貼っていたのを見たリーダー格の男子生徒が「そんなに好きならお前の身体に描いてやるよ」と思い付きで始めたもので、仲間ウケが良かったためにしばらく頻繁に行われていた。他にも女子生徒の肛門に指を入れ、付着した大便を壁になすりつけ、「〇〇の大便」と落書きするなど、直接的な集団暴行以外にも卑劣極まりないことが日常茶飯事となっていた。その後、リーダー格だった男子生徒が被害者の女子生徒とこっそり性交をしていたことが仲間にばれ、口淫だけで我慢していたその他大勢の男子生徒が、女子生徒に性交を迫るようになった。男子生徒達にトイレに連れ込まれ、殴られ、代わる代わる中出しされ、しまいには水をかけられた女子生徒が廊下で泣いているところを、親友の後輩女子が発見し、教師に事の経緯を説明し、教師は女子生徒を連れて両親に報告を兼ねて家まで送り届けた。そこで、女子生徒の両親に集団暴行事件について伝わり、警察に通報し。警察がこの集団暴行事件に介入、裁判へと発展することになった。旭川市立北都中学校側は、この集団暴行事件が発覚してからも、この事件について公表しなかった。一人の女子中学生を守ることより、非行に走る男子中学生達に関わらないことを選んだ教師たちの対応は、現在では考えられないことだ。そのような対応が旭川女子中学生集団暴行事件を引き起こしたのだ。被害者の女子生徒が少しでも反抗的な態度をとったら、容赦なく殴り、タバコの火を押しつけていた。「兄貴と性交させるぞ」「母親も犯すぞ」「少年院なんてすぐ出てこれる」「家を燃やすぞ」等と脅し続けられ女子生徒は誰にも相談できない状態だった。当時、旭川市内の土手で男子生徒複数名に囲まれている裸の女子中学生を見た大人も「AVの撮影か何かだと思った」と通報も何もしないままだった。そして、まだ集団暴行までには至らず、事件が大きくなる前の段階において、被害者である女子中学生は両親にも相談していた。そこで両親からは事件性の可能性を潰し、「そんな子たち、無視しなさい」という両親からのアドバイスを実行し、無視し続けた結果、集団暴行事件がエスカレートしてしまった。女子中学生は何度か教師に相談し、助けを求めている。そして、学校内において強姦されそうな現場を見ておきながら逃げた教師もいる。多感な女子中学生が簡単に性的被害を受けていること等話すことが出来ない。本気になって事件を食い止めようとした大人が一人もいないことが悲しい事実だ。旭川女子中学生集団暴行事件として世間に明るみに出て、裁判になった時、加害者の男子中学生の母親からは、被害者の女子中学生にも落ち度があるとあまりにも他人事のように集団暴行事件を軽視した発言をしていた。その後、旭川家庭裁判所において事件に関与した男子生徒の内3人が少年院送致、6人が試験観察、1人が保護観察処分を受けた。男子生徒達は旭川市内の他校の生徒との暴力事件や、喫煙や窃盗などの非行も繰り返し起こしていた。2001年1月30日、旭川地方裁判所は、裁判の判決で慰謝料を1000万円と認定し、既に加害者男子生徒らとの間で成立している示談金860万円を差し引いた上で、被害者に対して170万円、両親に対しては30万円を支払うよう、旭川市と北海道に命じた。

●2000年

名古屋中学生5000万円恐喝事件

2000年4月、名古屋市の中学を卒業したばかりの少年が、中学校時代から半年以上に渡って、同級生らから5000万円という大金を脅し取られていたことが発覚した。加害者の少年たちは口止めのために、被害少年殺害計画すら立てていた。

●2004年

佐世保小6女児同級生殺害事件。2004年6月、中傷の報復に長崎で小学校6年生の女児が同じクラスの女児をカッターナイフで首など全身を切りつけ殺害するという残虐な事件があった。犯行を行った加害女児と被害者は、お互いにコミュニティーサイトの提供するウェブサイトを運営し、パソコンでチャットや、掲示板に書き込みをする仲だった。犯行の動機について、加害女児はウェブサイト上の掲示板などに身体的特徴を中傷する内容を書かれたことを挙げている。しかし、加害女児を良く知る第三者は、客観的に言ってそのような身体的特徴があるなどとは全く感じられない、認められないと話している。当日、加害女児は午前中の授業が終わった後、被害者を学習ルームに呼び出し、そこでカーテンを閉めて床に座らせ、手で目を隠し背後から首と左手を切りつけた。被害者の首の傷は深さ約十センチ(普通の大人の首の太さは直径で13 - 15cmぐらい)、長さ約十センチになり、左手の甲には、骨が見えるほど深い傷があったという。切りつけたあと、約15分間女児は現場にとどまり、被害女児を蹴り飛ばしたり、踏みつけたりして、生死を確認していた。

●2005年

丸子実業高校バレー部いじめ自殺事件(2005年、事実無根として加害者とされた側も遺族に対し慰謝料請求の民事裁判を起こした事件)

長野県丸子実業高校一年生のバレーボール部員だった高山裕太くんが、2004年12月自殺したのは、学校でのいじめが原因だったとして、遺族が同校校長を殺人罪と名誉毀損で訴えているが、今度は同校バレーボール部顧問教師を代表とするバレー部所属の生徒ら30人が、いじめを主張して訴えた遺族によって損害が生じたとして逆に遺族を3千万円の損害賠償で訴えた。ひとり100万円で、30人いるから3千万円というのが内訳なのだが、訴えた人の大半は高校生だ。こういう訴えが通るといじめを主張することも難しくなる。バレー部顧問教師がバレー部所属の生徒20数人をまとめて裁判の場に引き連れている格好になるのだが、監督する立場の県高校教育課では、教師や生徒が個人としてやっていることなのでと関知しない態度。しかし、そういう口調はさすがに歯切れが悪く戸惑いが見られた。遺族があっちこっちにいじめ問題を訴えたやり方がやり過ぎでいけない─という主張だが、この主張が通ると、今後いじめを訴えることすら難しくなる。表現の自由にもかかわる問題だ。このような形で訴えが起こされただけで、いじめを受けているものは訴えるのに躊躇してしまう。裁判を教師が先頭に立つ形で、しかも3千万円という高額の損害賠償請求を起こすのは前代未聞だった。バレー部顧問教師というのはバレー部所属生徒に対して圧倒的に強い立場にある。この問題は3千万円という高額の賠償金をとれば解決する問題ではない。3千万円は恫喝的意味合いを持つ。この損害賠償請求はいじめ問題に新たな問題を提起した。

●2005年

滝川市立江部乙小学校いじめ自殺事件(2005年)

女児は1学期の席替えの際に多数の児童に性的魅力がないと中傷される類のいじめを受けていた。2005年9月9日にその女児は首吊り自殺を計り、2006年1月に死亡した。遺書もあった。

2005年11月に市教育委員会は聞き取り調査を行い、イジメは無いと結論し隠蔽した。2006年9月に遺族は新聞社に遺書を公開した。2006年10月5日に遺族に謝罪したもののマスコミに遺書は遺書ではなく「手紙」であると捻じ曲がった回答をした。その後、2006年10月14日に教育長が辞職、市教委は12月5日に調査報告をまとめ、同月9日調査報告書の市民説明会を開く。

●2006年

福岡中2いじめ自殺事件

2006年10月11日夜、福岡県筑前町立三輪中学校2年の森啓祐君(13歳)が、自宅倉庫で首を吊って自殺しているのを祖父が発見した。ズボンのポケットなどに複数のメモがあり、「いじめられて、もういきていけない」「いじめが原因です。さようなら」などと記していた。その後の調べで、いじめは元担任の”からかい”から始まったものとされた。



森啓祐君の遺言



「遺言 お金はすべて学校に寄付します。うざい奴等はとりつきます。さよなら」

「いじめが原因です。いたって本気です。さようなら」

「seeyouagein? 人生のフィナーレがきました さようなら さようなら さよ〜なら〜」

「生まれかわったら ディープインパクトの子供で最強になりたいと思います」

「お母さん お父さん こんなだめ息子でごめん。今までありがとう」





同中学校の調査により、同少年が中学1年の頃に受けたいじめについて当時学年主任で担任だった男性教師へ相談したところ、同教師がクラス内で相談内容を漏らしたために、いじめがエスカレートしたこと、この同教師は同少年へのいじめにも荷担し、これが少年への自殺の要因のひとつとなっていたことが発覚した。この元担任は「からかいやすかったから(亡くなった)生徒を罵倒した」と述べた。元担任は生徒を、国語の成績別に、イチゴの品種を用いて呼んでいた(とよのか(非常によい生徒)、あまおう(よい生徒)、ジャムにならない(悪い生徒)、出荷できない(非常に悪い生徒))。またこの元担任は優等生の同少年に対しては「偽善者にもなれない偽善者」などの問題のある発言を繰り返していた。さらに女子生徒に対しても「お前は太っているから豚だね」と暴言を吐き、クラス内でのいじめを誘発した。このような状況下で少年達が自殺をちらつかせていた同少年に対し「本気なら下腹部を見せろ」と言う旨を発言しズボンを脱がそうとし自殺に至った。

この少年達は同少年の葬儀にて笑いながら棺の中を携帯電話のカメラで撮ろうとしたり、自殺後「せいせいした」「別にあいつがおらんでも、何も変わらんもんね」などと発言していたと言う。

また、他の生徒達も

いじめられていたらしく苦情も来た。

学校側は当初いじめを否定していたが、後に発言を翻す。

10月15日に遺族に謝罪したがその後「元担任の発言を無かった」と発言を二転三転させた。10月16日に行われた全校生徒への朝礼の際は校長が「先生たちがちょっと手を抜いちゃいました。

ごめんなさい」と一応は謝罪した。

また、いじめは中学校でも実際には複数把握していたにも関わらず、解決したとしていじめは「0件」と報告していたことも判明した。

●2006年 

新潟県神林村男子中学生自殺事件

同校では、ふざけてズボンを下げる遊びが流行っていた。2006年11月14日には、同級生にズボンと下着を女子生徒がいる目の前で脱がされるといういじめの被害を受けていた少年がいた。男子生徒はズボンを下ろされた際、泣きながら同級生に「消えろ」と呟いていた。担任教諭が沈んでいる理由を尋ねても、「魚が釣れないから」などとはぐらかし、「大丈夫」と答えた。同級生は放課後、「僕がやりました」と名乗り出て謝った。一緒に下校した友人3人には別れ際「死にたい」と漏らす。午後9時半ごろ、夕食後行方不明となっていた同校に通う中学2年生の男子生徒が自殺しているのが発見された。遺書はなかった。

●2006年 

尼崎児童暴行事件(2006年、性的暴行事件)尼崎児童暴行事件とは、2006年11月に発生した兵庫県尼崎市の小学4年生の男子児童が主犯格となり、同級生の女子児童に対し、性的いじめを加えた事件である。

●2007年 

滝川高校いじめ自殺事件(2007年、加害者4人逮捕、学校裏サイトの存在がクローズアップされた事件)

滝川高校いじめ自殺事件とは、兵庫県神戸市須磨区の私立滝川高校に通っていた当時高校3年生の男子生徒がいじめを苦にして自殺した事件である。学校は、いじめを否認し続けていた。学校裏サイトを使用したいじめが問題となった最初の事件である。

●2009年 

多摩川高校生水死事件(2009年、川へ突き飛ばした同級生が溺れる様子を動画撮影していた。)

2009年7月19日午後7時すぎ、多摩川で高校生2名が水死した。当初は、事故死として処理されていたが、水死した高校生の父親が、一緒に居たサッカー部の友人が、突き落とされて溺れる2人の様子を携帯電話で動画撮影していたことを突き止め、警察に被害届を出したことから、一転して捜査が開始された。2010年7月8日、警視庁少年事件課と池上警察署は、の男子生徒と女子生徒2名を東京家庭裁判所に過失致死の非行事実で書類送致した。2010年10月19日、女子生徒に対して「軽率な行為で、結果は重大」として保護観察処分とする決定。一方、男子生徒に対しては2010年11月5日、同級生を突き落としたと認定したが、女子生徒が突き落したもう一方の同級生を助けようとして溺れたことが水死に大きな影響を与えたと結論付け、不処分となった。

●2010年

桐生市小6女児いじめ自殺事件

いじめは転校してきた1年後の5年生からだという。きっかけは授業参観時の、フィリピン人である母の容姿についての悪口だった。6年生からは無視が始まった。

学校の担任は、班ごとに給食を食べるよう指導したが、事実上クラスを統制しきれなかった。女児のクラスは、10月には学級崩壊の状態にあり、学校側も担任以外の教員を投入するなどの対応を取っていた。

女児は9月28日の席替え後から孤立し、一人で給食を食べることが多くなり、欠席も目立つようになっていた。女児は両親にすがり、転校を訴えたという。21日の校外学習には出席したが、「こんなときだけ来るのか」と同級生に言われたという。家族はこの社会科見学が自殺を決意させたとしている。自宅にて、手編みのマフラーで首をつった状態で発見された。遺書はなかったが、警察は状況から自殺と判断した。

●2010年

川崎市男子中学生自殺事件

川崎市多摩区の市立中学3年の男子生徒=当時(14)=が「いじめられた友人を守れなかった」などと遺書を残して6月に自殺

 川崎市多摩区の市立中学3年の男子生徒(当時14)が6月、「(いじめられた)友人を護(まも)れなかった」という遺書を残し自殺した問題で、神奈川県警麻生署は25日、遺書に実名があげられていた同級生の男子生徒4人のうち3人を、暴力行為処罰法違反容疑で横浜地検川崎支部に書類送検した。

 当時13歳だった同級生1人は、同様の非行事実で児童相談所に通告した。県警によると、4人は2月中旬、自殺した男子生徒を教室で押さえつけ、ズボンやパンツを無理やり下ろすなどした疑いがある。ズボンを脱がされた生徒に1人が覆いかぶさっている様子を、教諭や生徒が目撃していた。4人は「悪いことをした」などと話しているという。一連の行為と自殺との関係は不明だが、県警は「暴力行為にあたる」と判断した。被害に遭った男子生徒は6月7日午後、同市麻生区内の自宅トイレで硫化水素を発生させて自殺した。トイレ内には、この同級生4人の実名を挙げて「決して許すつもりはない」などと記したA4判の遺書1枚が残されていた。4判の紙に、こうつづられていた。

「困っている人を助ける。人の役に立ち優しくする。それだけを目標に生きてきました。でも現実には友達(実名)も護れなかった」

「息子のこんな丁寧な字は見たことがなくて」。母親(44)は読み返すたび、涙があふれる。遺書には「友達をいじめた」と生徒4人の実名も書かれており、市教育委員会が調査委員会を設置。生徒が通う中学で「うざい」「死ね」と言ったり、ズボンを下ろしたりする行為があったと分かった。生徒もいじめられた友達をかばううち、こうしたいじめの標的にされたと思われる。 

●2011年

大津市男子中学生いじめ自殺事件 

2011年10月大津市の中学校でいじめに遭っていた市立中学2年の男子生徒が飛び降り自殺した。「男子生徒が自殺の練習をさせられていた」。学校側のアンケートに多くの生徒がこう答えたにもかかわらず、市教委がこの事実を公表していなかったことが判明。「伝聞などで事実確認ができなかった」「自殺といじめの因果関係は判断できない」と、腰の引けた対応を市教委は繰り返した。 「(自殺した男子生徒が)昼休みに毎日自殺の練習をさせられていた」「(同級生が)自殺のやり方を練習しておくように言っていた」「葬式ごっこ」「自殺の練習として首を絞められていた」。生徒16人がいじめの実態についてアンケートで回答していた。「(同級生が)思い切り胸、おなか、顔を殴ったり、跳び蹴りしていた」という、暴行現場を目撃したとする生徒の証言もあった。さらに、「先生も見て見ぬふり」「一度先生は注意したけれどその後は一緒になって笑っていた」と、教諭がいじめを放置していたことを示す回答も14人からあった。このアンケートは、男子生徒が2011年10月にマンションから飛び降りた直後、学校側が全校生徒859人を対象に実施。約8割から回答があり、市教委は11月の時点で、男子生徒が同級生にいじめられていた事実を認めていた。 男子生徒が死んだハチを食べさせられそうになったり、ズボンをずらされたりしたほか、首を絞められたり、整髪料のスプレーをかけられたりした陰惨ないじめの実態も明らかにしていた。しかし、一部のアンケートの内容は公表してこなかった。市教委によると、「自殺の練習」との回答はすべて伝聞によるもので、「教諭のいじめ放置」も14人のうち13人が伝聞だったという。教育委員会側は、「直接見たわけでなく、話の内容から確実性が低いと考えた。隠したとは思っていない。アンケートで、学校が事実と判断した内容のみ公表した」と釈明、「追加調査する予定はない」としていた。 しかしその後、市教委が「いじめた側の教育的配慮も考慮」して、いじめ行為をしたとされる複数の同級生に直接、「自殺練習」について確認していなかったことが判明。伝聞なら“裏取りして”確認するのが当たり前。それもせず、多数の生徒の「勇気ある声」を“無視”してしまった。これは明らかに学校側や教育委員会の事実隠蔽である。

大津イジメ事件加害者のその後!

6月中旬、京都府宇治市の中心部にある神明皇大神宮の境内で、中学3年男子5人、女子1人が、放課後、男子生徒1人を20分以上殴る、蹴るなどの暴行を、袋だたきにした。 20分以上も殴る蹴るなどの暴力行為をして、気を失いかけている男子生徒からスクールバッグを奪うと、火を点けて燃やし、中身の弁当箱・筆箱などは池に投げ捨てた。もっとも執拗に攻撃していた茶髪の生徒は、大津いじめ自殺事件の加害生徒の1人でした。2012年4月に宇治市内の公立中学校に転校して来たころはおとなしかったそうだが、5月になると髪を染め、下校時には、タバコを吸ったりしていた。このリンチ事件の翌日、教師に呼び出されて注意されてからは登校していない。



いじめ加害者のうち1人、2012年5月に女性教師を手の指を折るケガをさせる!



大津市の中2男子自殺で、いじめの加害者とされる同級生3人のうちの1人が、2012年5月、女性担任教師を暴行し、手の指の骨を折るけがをさせていたことが9日、捜査関係者などへの取材で分かった。捜査関係者などによると、暴行は5月下旬、体育館で修学旅行の事前指導中におこった。生徒が理由もなく家に帰ろうとしたため、女性教諭が止めようとしたところ、同級生が複数回、殴る蹴るの暴行を加えた。滋賀県警が7月、中学校などを家宅捜索して押収した資料の他、学校関係者への聞き取りで事実が明らかになった。

●2013年

奈良県橿原市中1女子自殺事件

平成25年3月奈良県橿原市で当時中学1年の女子生徒が自殺。
生前、「こんなんいじめ、死にたい」と、周囲に打ち明けていた。
学校は、自殺から2カ月たって、ようやく442人の生徒を対象にアンケートを実施した。遺族側の要望で7月下旬、個人名を黒塗りにするなどして市教委が開示した。遺族側の集計によると、生徒40人が学校内で直接見聞きしたことを記述していた。このうち、「仲の良い友人3人から仲間外れにされていた」「所属していた部活動の先輩1人からふざけて暴力を受けていた」「ひざでおなかをなぐられていた」、「けられたり、なぐられたり、足を洗うところで雑用に使われたりしていました」など、女子生徒が暴力を受けるのを見たという内容の記述が複数あった。

●2015年

神奈川県川崎市中1男子殺害事件

学校や保護者、警察など大人の目が届かない閉ざされた空間LINEでのやり取りが原因となり、川崎市の中学1年、上村遼太さんが亡くなった。2015年2月12日、男子生徒への暴行をとがめるために男子生徒の友人数人が少年宅に押しかけて家族とトラブルになった際、駆け付けた警察官から電話で事情を聴かれた男子生徒は「仲直りしたから、もう大丈夫です」と答えていた。男子生徒は2015年1月中旬、LINEでの既読無視をしたことが原因となり、自称無職の少年(17)から暴行を受け、目の周りが腫れ上がる大けがをした。
少年は逮捕後の調べに対し、この時のトラブルが殺害の動機だったと説明。「(男子生徒への暴行を友人に)ちくりやがったからやった」などと話し、殺害を認める供述をしている。
「殺されるかもしれない」。上村さんは2015年になってから同級生にLINEでメッセージを送り、暴行を受けていることなどを相談していた。すでに上村さんの顔には殴られてできた大きなあざがあり、友人らの心配に対し、グループを抜けたがっていることも明かしていたという。LINEに書き込まれたSOSは、周りの大人には届かなかった。
上村遼太さんと容疑者たちは、頻繁にLINEでやり取りをしていた、
事件当日、上村さんは、容疑者の1人に「遊びましょう」とLINEでメッセージを送った。
容疑者の1人は事件発覚の翌日「もう俺のせいだよ」「もう会えないと思うとめっちゃ悲しいよ」などと心情を吐露していたとされる。LINEには許可されたメンバーだけがグループ内でやり取りができる機能がある。上村さんが18歳少年を含まないグループを別に作って連絡を取っていたことが、少年を怒らせるきっかけになった。

●2015年

岩手県中2男子自殺事件

岩手県矢巾町のJR矢幅駅で中学2年の村松亮君(13)が列車にはねられ死亡した。村松君が砂をかけられたり、殴られたり、髪の毛をつかんで顔を机に打ち付けられている姿がたびたび目撃されていたこと。村松君は、同級生から日常的に嫌がらせを受けていた。担任に提出していた「生活記録ノート」で、村松君は、「ずっと暴力、ずっと悪口、やめてといってもやめないし、休みたい」「もうつかれました」「死にたいと思います」など、いじめの苦しみや自殺をほのめかす内容を書いていた。村松君が亡くなる6日前の2015年6月29日には、「ボクがいつ消えるかはわかりません。ですが、先生からたくさん希望をもらいました。感謝しています。もうすこしがんばってみます。ただ、もう市ぬ場所はきまってるんですけどね。まあいいか」。と自殺をほのめかす深刻な内容だったが、担任教師は、「明日からの研修たのしみましょうね」と記しただけだった。
 学校は村松君の死後、生徒や教職員を対象にアンケートや聞き取りによる実態調査をした。少なくとも約60人の生徒が村松君へのいじめを見聞きしたことがあると回答した。名前の挙がった生徒らにも事実確認しており、こうした調査結果を踏まえて判断した。

●2015年

茨城県調査委「担任の言動が助長したいじめ」取手中3自殺

2015年11月、取手市内の中学3年の中島菜保子さんが日記に「いじめられたくない」「(独り)ぼっちはいや」などと書き残して自殺した。菜保子さんのご両親は学校側に菜保子さんが自殺した事実を生徒に伝えて真相を究明するよう求めた。しかし、学校は生徒に事実を伝えず、いじめ防止対策推進法に基づく「重大事態」としないで「死亡事故」として扱った。取手市教育委員会は、いじめ防止対策推進法の「重大事態」に当たらないと議決したうえで、第三者委員会を設置した。取手市教育委員会の対応に納得できない両親は17年5月、文部科学省に、取手市教育委員会の調査の中止と第三者委の解散を申し入れた。市教委は直後に議決を撤回。2015年12月、両親の求めに応じ、県が新たな第三者委を設置し、いじめと自殺の因果関係を調べていた。茨城県の調査委員会は2019年3月20日、同級生によるいじめと自殺との因果関係を認める報告書を公表した。報告書では「担任の言動がいじめを誘発し助長した」とも指摘した。報告書によると同級生の女子生徒三人が菜保子さんを連日のように「くさや」と呼び、他の生徒に「臭くない?」と告げるなど、複数の行為をいじめと認定した。自殺当日には、いじめていた生徒が教室のガラスを割ったのに、担任が事実関係を調べないまま、無関係な中島菜保子さんにも連帯責任として指導。「いじめで心理的に追い詰められていた菜保子さんをさらに追い詰め、自殺の引き金になったといえる」とした。いじめた生徒と菜保子さんが遅刻した際には菜保子さんだけをしかるなど、それまでの担任の言動がいじめを助長したと指摘。いじめた生徒と一体的に「菜保子さんの心理に影響を与えていった」と認定した。当初調査に当たった市教委の対応も「違法で、不当極まりない」と指摘した。


●2016年

青森県中2女子線路に飛び込み自殺事件

青森市立中2年の女子生徒(13)が、2学期の始業式翌日にJR奥羽線に飛び込み自殺したとみられる問題で、女子生徒が校内の複数の生徒からいじめを受けていたとの「遺書」を、スマホのメモアプリに残していたことが分かった。 
いじめた生徒の実名も書かれ、「もう生きていけそうにない」「耐えられません」など悲痛な訴えがつづられている。いじめた生徒たちに対しては「噂流したりそれを信じたりいじめてきたやつら、自分でわかると思います。 
もう、二度といじめたりしないでください」と訴えている。家族には「先立つ不幸を許してください」「13年間ありがとう」との言葉が書かれ、末尾には死亡した日である「2016年8月25日」と記されていた。29日夜、同市内で報道陣の取材に応じた家族によると、無料通信アプリ「LINE(ライン)」で中傷、誹謗(ひぼう)も受けていたといい、父親は「いじめた生徒は大変なことをしたということを深く反省してほしい」と肩を落として語った。

●2016年

北九州高2女子自殺事件 LINEいじめか

北九州市の私立高校2年の女子生徒=当時(16)=が4月に自殺していたことが26日、学校への取材で分かった。自殺前、無料通信アプリLINE(ライン)で同じクラスの女子生徒に「私に何かあったらあんたたちのせい」「後悔しても知らん」といったメッセージを送っており、学校は近く第三者委員会を設置していじめの有無を調査する。学校によると、女子生徒は4月17日午前8時すぎに登校のため自宅を出た後、同10時20分ごろに学校近くのガードレールで首をつっているのが見つかり、搬送先の病院で死亡が確認された。女子生徒は同じクラスなどの3人の女子生徒と仲が良かったが、このうちメッセージを送った1人と昨年11月中旬ごろにトラブルとなり、関係が悪化していたという。ラインのメッセージは自殺した日の朝に送っていた。遺書は見つかっていない。学校は一部の生徒を対象にしたアンケート結果に基づき緊急保護者会などで「いじめはなかった」との認識を示したが、遺族の要望を受けて6月初旬に全生徒対象のアンケートを改めて実施。「終業式で写真を撮る時、わざと写らないようにされていた」といった情報が寄せられたという。

●2017年

仙台中二男子飛び降り自殺事件

仙台市の中2男子がマンションから飛び降り自殺した。遺書は見つかっていない。生徒は学校のアンケート調査に「無視された」などと回答しており、市はいじめの有無などを調査する。 市教育委員会によると、男子生徒は4月26日午前10時15分ごろ、自宅近くのマンション敷地内に倒れているのが見つかり、搬送先の病院で死亡した。同日は朝から通常通り登校して1時間目の授業を受けたが、2時間目の開始時にいなくなっていた。 学校が昨年6月と11月に実施したいじめに関するアンケートに対し、死亡した生徒は「悪口を言われたり、物を投げられたりした」「冷やかしや無視をされた」と回答していた。学校側はいじめとは捉えておらず、「関係する生徒から事情を聴いて指導し、問題は解消された」と説明している。男子生徒は、2人の教諭から体罰を受けていた。「まさか、先生が…」。耳を疑うような事態を知った保護者らは驚きのあまり絶句した。男子生徒は自殺前日も体罰を受けており、市教委は自殺と体罰の関係性を否定しなかった。同じクラスだった生徒の保護者は「体罰が自殺の引き金だったとすれば本当に許せない。学校は原因究明をする気があるのか疑問だ」と憤った。別の保護者の関係者は「(特定の教諭が)何かと理由を付けて、男子生徒の頭を日常的にたたいていたと聞いた。男子生徒は『先生が怖い』とおびえていたようだ」と明かした。遺族関係者によると、男子生徒は同級生から嫌がらせを受けて教諭に相談しても、他の生徒の言い分が優先され、逆に怒られることが度々あった。男子生徒は周囲に「先生に言っても自分が悪いことにされる」と打ち明けていたという。仙台市では2014年9月に泉区の館中1年の男子生徒が、16年2月に同区の南中山中2年の男子生徒がいじめに絡み自殺。中学生の自殺の連鎖に、それぞれの遺族は学校への不信感をさらに強めた。館中の父親は「先生が暴力を振るえば、生徒がまねをするのは当然。学校全体が加害者だ」と非難。南中山中の父親は「学校は外部から指摘されるまで知らぬ存ぜぬばかり。息子の時から何も変わっていない」と批判した。市教委は19日夜、学校で2年生の生徒の保護者を対象に説明会を開き、教諭による体罰があったことを謝罪した。校長は保護者会後に取材に応じ「教諭による体罰は痛恨の極みだ。教育の信頼を損ない、深くおわびしたい」と語った。

●2018年

埼玉高2ネットいじめで自殺

埼玉県立高校2年の女子生徒(当時16)が昨年4月に自殺し、県教委の調査審議会は14日、元交際相手やその妹によるツイッター上の「ネットいじめ」が自殺のきっかけだったとする報告書をまとめ、公表した。女子生徒は自宅で首をつって自殺。遺族の求めで、弁護士らで作る審議会が昨年6月から調査していた。報告書がいじめと認定したのは、女子生徒の2年先輩で当時交際していた男子生徒と、その妹が書き込んだツイッターの内容。元交際相手は昨年3月、女子生徒とのけんかを機に妹に頼み、自分が浮気しているとのうその内容を妹のツイッターに書き込ませた。また妹は、女子生徒が限られた人にだけ公開していたツイッターの内容を暴露したり、非難したりする書き込みもしていたという。
 報告書は「女子生徒は精神的ショックを受け、食事もとれなくなった」と指摘。「自殺の直接的な原因とまではいえないが、書き込みをきっかけに自殺を考える精神状態に至った」と認定した。高校に対しては、昨年3月末に女子生徒から相談を受けた際、生徒が転校も考えていると把握したことから「いじめの重大事態に該当する可能性を考慮して対応する必要があった」とした。女子生徒の両親は元交際相手らや県を相手取って損害賠償を求める訴訟を起こしている。父親(47)は取材に「いじめを認めたことは評価するが、それが自殺の原因と踏み込んでほしかった」と話した。


●2018年

熊本で高3女子が自殺 いじめ原因か 2018年5月28日県教委会見

熊本県北部の県立高校3年の女子生徒(17)が、いじめを受けたことをうかがわせる遺書を残して自殺していたことがわかった。遺族は学校や県教育委員会に対し、第三者による調査を求めており、取材に対し「学校で何が起きていたのか明らかにしてほしい」と話した。
 遺族によると、生徒は17日午前、体調不良を訴え学校を早退した。その後、自殺を図っているのを、様子を見に行った祖母
が見つけた。病院に搬送されたが、翌日未明に亡くなった。
 手書きの遺書には、同級生から「よう学校に来られるね」「死ねばいい」などと言われたことや、「誤解なのに」「とても苦しかった」「もう死にたい」といった自身の気持ちが書かれていた。学校側に相談したことにも触れていたという。
 女子生徒が通っていた高校では25日、校長が学年集会などで生徒に説明。すでに生徒らからの聞き取り調査を始めているという。27日には保護者説明会を開き、経緯を説明したが、遺族によるといじめとの関連には触れなかったという。県教育委員会は28日、記者会見を開く予定だ。

●2018年

新潟の高校生自殺「SNS上でいじめ」 

新潟県立高校3年の男子生徒(17)が自殺した問題で、県教育委員会と同校の校長が12日、記者会見を開き、生徒がSNS上で中傷されるなどのいじめを受けていたことを明らかにした。教職員は自殺までいじめの存在に気づかなかったという。県教委はいじめ防止対策推進法の「重大事態」にあたるとし、第三者委員会を設けて調査をする方針。
県教委によると、男子生徒は6月27日朝、自ら学校に欠席連絡をして以降、行方がわからなくなり、翌28日に遺体で見つかった。いじめを受けたという趣旨のメモをスマートフォンに残していた。
 校長は会見で、男子生徒がSNS上で中傷されたり、複数人から嫌なあだ名で呼ばれたりするなどのいじめを受けていたと説明。自殺を把握した後に、生徒に聞き取りやアンケートをした結果、いじめがあったという声が複数あった。加害生徒も把握済みで、聞き取りに対して反省の態度を示したという。
 同校が定期的に行っているアンケートでは、男子生徒へのいじめに関する記述はなく、本人も「悩みやいじめはない」との選択肢を選んでいた。家族にも訴えはなかったという。校長は「亡くなった生徒の訴えをくみ取れず、申し訳ない」と陳謝した。

●2018年

部活でいじめ」自殺図り八王子の中2死亡

東京都八王子市で市立中学2年の女子生徒が2018年8月に自殺を図って、9月に死亡し、学校が市教育委員会に女子生徒について「部活動でいじめがあった」と報告していたことがわかった。市教委は第三者委員会を設置し、いじめと自殺の因果関係について調べる方針だ。校長によると、生徒は昨年8月、家族旅行のために部活動を休んだとして、上級生から携帯電話の無料通信アプリ「LINE
(ライン)」でとがめられた。昨年9月に入って生徒は学校を休みがちになった。
 両親と生徒が学校にこうした経緯を説明。部の顧問は上級生に事情を聴いた。学校側は昨年10月に2人を直接会わせて話し合わせようとしたが、生徒が「謝ってもらったので大丈夫です」と言い、上級生も謝ったと認めたため、問題は解決したと判断したという。
 生徒はその後も不登校が続き、今年4月に別の学校に転校したが、転校先でも学校に通えなかったという。元の学校に生徒の親から自殺したと連絡があり、学校側は「いじめがあった。重大事態と認識した」という。
 校長が生徒の両親に見せられた両親あての遺書には、部活動での「トラブル」という言葉や「まわりが助けてくれなかった」「学校に行きたかった」という趣旨の文章が書かれていたという。
 校長は「非常に重く受け止めている。自殺をはかった原因については、第三者委員会にきちんと調べてもらいたい」と話した。

●2019年

「ネットで悪口」 踏切で死亡の高2女子 

群馬県立高校2年の女子生徒(17)=前橋市=が2019年2月1日夜、自宅近くの線路で電車にはねられて亡くなった。群馬県警は自殺とみている。自宅にはいじめ被害に悩んでいたことをうかがわせる数十枚ものメモが残されていた。両親は「学校でいじめに遭っていた」と訴え、学校に真相究明を求めている。最愛の娘を失った両親は「悲しみが日に日に大きくなる。涙が止まらない」と沈痛な思いを打ち明けた。

◎相談 一度のみ 「もっと悩みを聞いてあげられていたら」
高校の制服、大好きだった漫画、中学時代から愛用するテナーサックス―。女子生徒の部屋は生前と変わらぬままだ。父親はアルバムをめくりながら、「かわいらしい子だった」と声を絞り出す。女子生徒は高校卒業後に「就職してパパとママの面倒を見る」と話していた。浴衣や着物が好きで、将来は「旅館のおかみ」になるのが夢だった。前橋市内の中学校から県立高校に進学。明るい性格だったという中学時は吹奏楽部に所属し、周囲を笑わせるのが好きだった。高校入学後に頭痛や腹痛などを訴えるようになり、泣きながら帰宅することもあった。帰宅後、30分以上も手を洗い続けるなどの異変がみられるようになり、専門の医療機関を受診するようになった。母親は「学校、休んだらどう」とも言ったが、極端な体調不良などを除いて学校に通い続けた。「悪口を言われている」。いじめに関し、両親への相談があったのは1年生の時の一度だけ。学校に相談し、問題は解決したと思っていた。2年生になって再び表情が暗くなり、「学校、大丈夫?」「まだ悪口言われているの?」と尋ねても、女子生徒は「私はお面をかぶるのが得意だから」と答えたり、はぐらかしたりした。2018年10月、家族3人で熊本県を旅行した。女子生徒が好きだったアニメキャラクターにゆかりのある阿蘇神社を訪れた。気分転換をさせたかったが、「笑顔がなく、ずっと暗かった」。2019年1月ごろから体調が悪化。亡くなった当日、女子生徒は学校で倒れ、家族が病院に付き添った。帰宅後、行方が分からなくなった。その後、自宅近くの線路ではねられた。両親は病院での変わり果てた娘の姿を忘れることができない。自室には「先生は私の言葉を信じてくれなかった。ネットで悪口を言われてるのは本当なのに」「そうか、すべて私が悪いのか。もういいや。私、もう」などといじめ被害に苦しんだことをうかがわせるメモが大量に残されていた。両親は悔やむ。「弱い部分を見せない子だった。もっと悩みを聞いてあげられていたらよかった」8日、家族のみの法要がひっそりと執り行われ、女子生徒は納骨された。

◎月内にも調査結果 生徒らに聞き取り 県教委が遺族に

 県立高校2年の女子生徒が電車にはねられて死亡し、いじめに悩んでいたことをうかがわせるメモが見つかった事態を受け、群馬県教委は8日、同校が教職員や生徒への聞き取り調査を始めており、月内にも結果をまとめ、遺族に示す方針を明らかにした。遺族の意向を踏まえ、第三委員会の設置も検討する。同校の校長は上毛新聞の取材に「生徒の命が失われ、痛恨の極み」と述べ、校内調査を急いでいると説明した。県教委は同日、県庁でこれまでの対応などを説明。同校が全教職員や、亡くなった女子生徒と仲が良かった生徒らから事情を聞き取り、月内に調査結果をまとめる見通しを示した。結果を遺族に報告し、遺族の意向を踏まえて有識者らでつくる第三者委員会の設置が必要かを判断する。同校では7、8両日、後期選抜試験が予定通り行われた。県教委によると、同校を含む県内公立学校では、少なくとも各学期に1回、全児童生徒を対象に、いじめの有無など確かめるアンケートを実施している。県は2017年、スクールカウンセラーの全校配置や相談窓口の周知などいじめの未然防止や早期発見に向けた「県いじめ防止基本方針」を策定している。(上毛新聞)

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